私が韓国料理教室をはじめるまで・・というタイトルで日記を書いて7回目になりました。
前回までの日記はコチラでご覧ください。
①私が韓国料理教室をはじめるまで・・韓国との出会い→
☆②私が韓国料理教室をはじめるまで・・韓国に住むまで→
☆③私が韓国料理教室をはじめるまで・・半地下生活編→
☆④私が韓国料理教室をはじめるまで・・ひとり暮らし編→
☆⑤私が韓国料理教室をはじめるまで・・韓国生活後半→
☆⑥私が韓国料理教室をはじめるまで・・敷金返金編→
☆
私が韓国と出会って、韓国に住むようになり、韓国語を勉強しながら韓国料理の学校に通い、下宿生活からワンルーム生活を送る。
そして、とうとう帰国の日がやってきました。
どんな石碑を運んでいるのだろうかと思うほど重いスーツケースを引きずり向かった空港。
きっと、帰りたくない気持ちがずっしりと重く感じさせたということもあるのでしょう。
でも、いよいよ滞在を延長する言い訳もなくなりもう帰らなければ離婚の危機かやってくる可能性もある??まぁそれは無いとしても、いつかは帰らなければならないのですから潔く決断。(←ホントは帰りたくないことをウダウダと主人に訴えた)
仁川空港からの景色を寂しく感じながら・・・
福岡空港へ到着した時・・・・あああ~~帰って来たんだなぁと嬉しく、ホッとしたのを覚えています。
そこからの数か月がきつかったです。
ただただボーーーっとする毎日。
これはビックリすることですが。。飽きれるほど日本語が下手になっていました。
韓国語が上手ではないのに!です!!爆
テレビを見てもこれまた面白くない。
私が留学していた期間の日本のテレビ番組を知らないので、今の番組がよくわからない(笑)
流行歌もサッパリ分からず歌番組でさえ面白くない。
要するにプチ浦島太郎になっていたのです。ガーーーーーン、これは予想外でした。
韓国の生活にしっかりと溶け込んだのは良かったけど、これはリハビリが必要。。。。と思いました。
その時です。
友人の一人が「ねーねーそんなに家にいることないじゃない、一緒にお料理教室に行かない?」と誘ってくれました。
え??お料理教室?
行きたい・・・すぐに返事をして彼女がいく日にちを教えてもらい、その日に先生のお教室に行きました。
忘れもしません、素敵な笑顔で迎えてくれた先生。その時、わーーー来てよかったーーーと思いました。
勿論、その後の時間もとっても楽しくて、日本の美味しいお料理やお洒落な盛り付け、器のセンスなどなど、学ぶことが沢山。
今でも先生とは仲良くさせてもらっていて、いつも私の前を行く素敵なお手本です。
先生のインスタグラムはコチラ↓
ということで、リハビリを兼ねて行ったお料理教室でまた目覚め、私はお料理が好きだったのだ!!と再確認したのでした。
その時には何も感じてなかったはずですが、ひょっとしたらその時からこんな先生のようなみんながハッピーになれるお料理教室ができたら良いなぁと心のどこかで感じていたのかもしれません。
なにしろ、私をはじめてソウルに連れて行ってくれたのも、この先生のお教室に誘ってくれたのも同じ友。
チング(友)って大切ですねーーー。
本当に本当に有難い経験。その後の私の人生を変えるトキメキをくれた友に感謝の気持ちで一杯です。
その後、「我が家の韓国料理教室」をスタートさせて最初の忘年会の時には彼女に乾杯の音頭をとってもらったのが今でもとっても良い思い出です。
また、同じ時期に和食の師匠といえる「桧山タミ先生」に出会い、桧山塾にも通うようになりました。
韓国から帰国後ボーーーーーッと暮らしていたのが嘘のように明るくなった私の生活、お料理教室に行っては家で復習する毎日となったのです。
出会いは必然。そうだなぁ・・・その通りだわ。と今でも思っています。
自分の身の回りにいる人こそ、自分を目覚めさせてくれる大切な人達。大切なものを教えてくれる人たちなのではないかなぁと思っています。
お料理教室に通う→おいしいご飯を作る→家族喜ぶ→また行きたいと思う、作りたいと思う♡
そんなころ、ふと手に取った本が「チャングムの韓国宮廷料理」という韓福麗先生の本でした。
パラパラとページをめくっただけでその場から離れることができず、本を抱えて帰ってからはこの私がご飯も食べずに本を読み、またこの本の先生にお会いしたいと思うようになったのです。
またかーーーー!!とお思いの方、キムチっ子を知り過ぎていますね(笑)
そうです。一度、ピカーン!!とひらめいたら、これ!!と思ったら突っ走るタイプ。
そこからは、どうしたらまたソウルへ行けるかなぁと考え、答えが出ないままオットに相談。
すると。。。。「もうね、行ったら帰ってこないからなーーー(ハイ、前科あり)帰った時にお料理教室とかするって約束して行ってくれればいいのにな」
と言われ、「はぁ~~???」と思ったものの、行きたい!という気持ちでモリモリに盛り上がってだわたしは、「わかった!」と二つ返事をしたのでした。
わはは、よく考えてみると、オットのその一言がなければわたしはきっとしばらく韓国にいたかもしれないし、そのままお料理好きな主婦だけど、お教室はしてなかったかもしれないなあと思います。
そして、またしてもすぐに学校へ連絡しました。
そちらへ通いたいです、よろしくお願いします。と。
すると、、『先生の講義が最初1時間以上ありますが、大丈夫ですか?』と。
キターーーーー!!その質問。難しい説明もあるけど大丈夫でしょうか?ってことなんでしょうね。
「大丈夫、大丈夫ですーーー(少し不安だけど(笑))」
ケンチャナヨーを連発して、私は入学したかもしれません。あたって砕けろがピッタリの言葉とは思いませんが、そんな気持ちで入学した料理学校。
でも・・・・しっかり馴染んだ(爆)
時代を感じさせるデニムに今はパジャマになってる(←誰も知りませんね)Tシャツ姿が私です。

学校初日の日記はコチラ
修行の日々は続きます。素敵な素敵な毎日でした。
雨の日には足元を濡らしながら通いました。日本では靴が濡れるのが一番嫌いだったのに、どういう訳か気にならなかった。
この学校へ通う毎日の話。。あと少しだけ続きます。
最近のワタシ・・・
既にサマーな感じです。sachiyoさんが作ってくださったリバティマスクがお気にいり。

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